私の生誕地

私の生誕地(安寧小学校・梅逕中学校の周辺)
道祖神社の横に安寧小学校があった 
堀川塩小路南東角にある。旅立ちの神社として知られ、東側に「銅制額面」明治35年、京都機関庫職員中ーの石碑がある。銅から石になったのは、戦争で徴収されたため。
大宮仮駅 梅逕学区の資料の中に、「鉄道敷設と梅逕校」という志水町文書がある。
 明治九年九月五日より鉄道汽車仮開業成。三哲通大宮東入る処仮ステーションに相成梅逕中学校があった。このあたり茶店物にて多人数─。
西本願寺 堀川通に面して広がる浄土真宗本願寺派本山。
 境内(史跡)に一歩入っただけで御影堂(大師堂)、阿弥陀堂(本堂)(ともに重要文化財)の威容に圧倒されるが、鳩が遊ぶ広々とした境内は市民の憩いの場でもある。

都心の中の歴史と文化 
堀川七条の西本願寺の南側。国道1号でもある堀川通から1本西の西堀川通。古くから市が開け、本願寺の門前町として賑わいを持ち続けた職人と商人の町、安寧・梅逕。西八百屋町や鎌屋町、金換町、糀屋町、樽屋町、徹宝町、大工町、上ノ町などの町名にも名残があります。西本願寺大玄関門から伸びる猪熊通を中心に歴史を刻んできた。

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北宇治中学校の皆さんおはようございます

北宇治中学校の3年生の皆さんに、15分ばかりで「重度肢体障害者の日常生活とバリアについて」の講演の時間を貰ったが・・・・・・会長から5分で簡単にやってと言われた。理由は1時間の内容が次のとおりだった。
①学習会についての説明
②重度肢体障害者の日常生活とバリアについて
③ビデオ上映「街で障害のある人にであったら」
④車椅子操作方法について
⑤実体験(代表生徒)体験での補助で

私は、脳溢血により右上下肢機能全廃・失語症での障害者の一日を喋った。
左手・左足でベットの段差を利用して起きる。鏡を見る・髪を梳く・歯を磨く・顔を洗う・拭く。服を着替えるが上手に着られない(時間がかかる)・手助けがいる。
トイレに長時間かかる。(腹筋が弱いので便秘)
食事は片手で顔と茶碗を引っ付けて、お茶ずけは・・・・・両手でないのでホークとナイフは使えない。
喉に食べ物が、呑み込みにくい・よくむせる・時間がかかる。
好きなものは、将棋囲碁・パソコンです。
学校校門を出て家までを想定し、凸凹歩道を車椅子を押す・踏み切りを渡るのにバリアがある。放置自転車・車椅子の通れない所・歩道と車道の段差あるにもバリアがある。
改造車に乗り病院の駐車場行くが・・・・・(機械管理)
車椅子操作方法の学習を通じて、将来社会に若いエネルギーが必要です。
レジュメの内容があり、全体として少し欲張ったかな・・・・・

作文集より・・・・・言葉もなかなかでないけど、私たちのために一生懸命お話して下さいました。私たちが当然の様にしていることが、障害を持っておられる方々には、なかなか簡単にできないことがあらためてわかりました。でも、それは「不幸」なんかじゃない、「不便」なんだと言う言葉に、私はこれだけは覚えておかないといけないと思いました。私たちは、協力して共に生きていかなければなりません。だから、これから、小さいボランテアからして行きたいです。

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