私の生誕地
私の生誕地(安寧小学校・梅逕中学校の周辺)
道祖神社の横に安寧小学校があった
堀川塩小路南東角にある。旅立ちの神社として知られ、東側に「銅制額面」明治35年、京都機関庫職員中ーの石碑がある。銅から石になったのは、戦争で徴収されたため。
大宮仮駅 梅逕学区の資料の中に、「鉄道敷設と梅逕校」という志水町文書がある。
明治九年九月五日より鉄道汽車仮開業成。三哲通大宮東入る処仮ステーションに相成梅逕中学校があった。このあたり茶店物にて多人数─。
西本願寺 堀川通に面して広がる浄土真宗本願寺派本山。
境内(史跡)に一歩入っただけで御影堂(大師堂)、阿弥陀堂(本堂)(ともに重要文化財)の威容に圧倒されるが、鳩が遊ぶ広々とした境内は市民の憩いの場でもある。
都心の中の歴史と文化
堀川七条の西本願寺の南側。国道1号でもある堀川通から1本西の西堀川通。古くから市が開け、本願寺の門前町として賑わいを持ち続けた職人と商人の町、安寧・梅逕。西八百屋町や鎌屋町、金換町、糀屋町、樽屋町、徹宝町、大工町、上ノ町などの町名にも名残があります。西本願寺大玄関門から伸びる猪熊通を中心に歴史を刻んできた。
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